Breen and Goldthorpe モデルの一般化― - JST

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57 特集論文 相対リスク回避モデルの再検討 Breen and Goldthorpe モデルの一般化― 浜田 (東北大学) 【要旨】 教育達成の不平等を説明する Breen and Goldthorpe の相対リスク回避モデルを一般化して、上 層出身者の進学率が中層出身者の進学率を上回る条件を示す。上・中層出身者の進学率をパラ メータの明示的な関数として示すことで、教育達成格差をオッズ比として表し、解析的に分析す る。また高校進学後に大学進学の分岐が続く場合のように、学歴の推移が連続して生じる状況を モデル化して、理論的な進学率を導出する方法を定式化する。拡張した数理モデルを用いて、教 育水準が高くなるほど出身階層の影響が弱くなる階層効果逓減現象が、どのような条件で生じる のかを示す。オッズ比の低下は中層出身者が上層到達を選好する場合は高等教育段階での進学率 が上層出身者の進学率に追いつくことによってもたらされる。無差別のときは中層進学率が定数 になる一方で、教育水準の上昇により進学後の主観的成功確率の分布がマイナス方向にシフトし て、上層出身者のみ進学率が減少することによってオッズ比が減少する、という予想が得られ た。 キーワード:相対リスク回避、教育達成の不平等、階層効果逓減現象 1 問題設定 出身階層による教育達成の違いを説明する理論の一つとして、階層研究では Breen and Goldthorpe の相対リスク回避仮説が、近年注目を集めている。このモデルは社会全体では教育 機会が拡大するにも関わらず、出身階層間での教育達成の格差(例えば高等教育機関への進学 率の差)が縮まらないのはなぜか、という問題に答えるために考案された仮説の一つである (以下 B&G モデルと書く)。例えば社会が上・中・下層に分かれている場合、上層出身の子供 は、親の階層よりも下の階層(中層や下層)に到達しないように教育レベルを選択し、中層出 身の子供は親の階層よりも下の階層(下層)にならないように教育レベルを選択する。このモ デルは合理的選択理論の一種であり、意志決定の確率モデルとして定式化されている 1B&G モデルの経験的な検証は Need and de Jong2000)、Breen and Yaish2006)、太郎丸(2007らによりオランダ、イギリス、日本等の各国において検討されている。一方で理論(数学的な モデル)としての相対リスク回避モデルの解析は、Breen and Yaish2006)の再定式化を除け 理論と方法(Sociological Theory and Methods2009, Vol.24, No.1:57-75

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相対リスク回避モデルの再検討

57

特集論文

相対リスク回避モデルの再検討

―Breen and Goldthorpeモデルの一般化―

浜田 宏

(東北大学)

【要旨】

教育達成の不平等を説明する Breen and Goldthorpeの相対リスク回避モデルを一般化して、上

層出身者の進学率が中層出身者の進学率を上回る条件を示す。上・中層出身者の進学率をパラ

メータの明示的な関数として示すことで、教育達成格差をオッズ比として表し、解析的に分析す

る。また高校進学後に大学進学の分岐が続く場合のように、学歴の推移が連続して生じる状況を

モデル化して、理論的な進学率を導出する方法を定式化する。拡張した数理モデルを用いて、教

育水準が高くなるほど出身階層の影響が弱くなる階層効果逓減現象が、どのような条件で生じる

のかを示す。オッズ比の低下は中層出身者が上層到達を選好する場合は高等教育段階での進学率

が上層出身者の進学率に追いつくことによってもたらされる。無差別のときは中層進学率が定数

になる一方で、教育水準の上昇により進学後の主観的成功確率の分布がマイナス方向にシフトし

て、上層出身者のみ進学率が減少することによってオッズ比が減少する、という予想が得られ

た。

キーワード:相対リスク回避、教育達成の不平等、階層効果逓減現象

1 問題設定

出身階層による教育達成の違いを説明する理論の一つとして、階層研究では Breen and

Goldthorpeの相対リスク回避仮説が、近年注目を集めている。このモデルは社会全体では教育

機会が拡大するにも関わらず、出身階層間での教育達成の格差(例えば高等教育機関への進学

率の差)が縮まらないのはなぜか、という問題に答えるために考案された仮説の一つである

(以下 B&Gモデルと書く)。例えば社会が上・中・下層に分かれている場合、上層出身の子供

は、親の階層よりも下の階層(中層や下層)に到達しないように教育レベルを選択し、中層出

身の子供は親の階層よりも下の階層(下層)にならないように教育レベルを選択する。このモ

デルは合理的選択理論の一種であり、意志決定の確率モデルとして定式化されている1)。B&G

モデルの経験的な検証は Need and de Jong(2000)、Breen and Yaish(2006)、太郎丸(2007)

らによりオランダ、イギリス、日本等の各国において検討されている。一方で理論(数学的な

モデル)としての相対リスク回避モデルの解析は、Breen and Yaish(2006)の再定式化を除け

理論と方法(Sociological Theory and Methods) 2009, Vol.24, No.1:57-75

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理論と方法

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進学 stay

進学しない leave

1-X

1-β1-β2

1-γ1-γ2

1-αα

β1

β2

γ1

γ2

成功

失敗

X

ばあまり進んでいない。理論モデルが理論内在的にどのような性質を持っているのかを検討す

ること、すなわち理論モデルから、まだ明示化されてないインプリケーションを引き出すこと

は、理論モデルの経験的な正しさを確かめることと同様に重要である。これまでの B&Gモデ

ルはモデル上の進学率を明示的な関数として表現していないために、出身階層間の進学率格差

をオッズ比で直接分析することができなかった。

そこで本稿では B&Gモデルを修正して予測進学率を一般的に定式化して、①出身階層間で

進学後の主観的成功確率の分布が同じ場合でも相対リスク回避だけの効果によって進学率の違

いが生じるかどうか、②モデルを規定するパラメータの変化が出身階層間の教育達成格差を縮

小させるかどうか(進学率のオッズ比を低下させるかどうか)、③実証的階層研究でしばしば

観察される階層効果逓減現象がどのような条件の下で生じるのかを確かめる。

まず基本となる B&Gモデルの仮定を確認する。図 1は意志決定の樹形図を示し、グレーの

線は行為者が選択可能な分岐を表している(Breen and Goldthorpe 1997)。

仮定 1.到達階層は上中下の順番で三つある2)。

仮定 2.α>β1かつ α>γ1である。進学後成功した場合が上層に到達する確率が最も高い。γ1

+γ2>β1+β2であり、進学後の失敗は下層参入リスクを高める。

仮定 3.主観的成功確率 X は連続確率変数であり、x<0, x>1の範囲では確率密度関数が常に

0である(直感的に表現すれば実現値が[0, 1]内におさまるような確率変数である)。

「進学後に失敗する」とは、卒業できずにドロップアウトする、あるいは進学後に好成績を

おさめることができない等の事象を意味する3)。B&Gモデルは、上層出身者と中層出身者の間

図 1 意思決定のツリー

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相対リスク回避モデルの再検討

59

で進学後の主観的成功確率が同じであっても、上層出身者は中層出身者よりも進学を望む、と

いう命題を導出している4)。以下、P(A|B)で条件付き確率「事象 Bが起こったという条件

の下で事象 Aが生じる確率」を表す。例えば P(H|stay)は「『進学する(stay)』という条

件のもとで『上層 Hに到達する』確率」を意味する。相対リスク回避により、上層出身者は

PS =P(H|stay)

P(H|stay)+P(H|leave)=

Xα+(1-X)β1

Xα+(1-X)β1+γ1

という確率変数 PSが 1/2より大きいときに進学し、中層出身者は

PW =P(H∪M|stay)

P(H∪M|stay)+P(H∪M|leave)=

X+(1-X)(β1+β2)X+(1-X)(β1+β2)+(γ1+γ2)

という確率変数が 1/2より大きい場合に進学する。このとき X の任意の実現値 x に関して

pS =xα+(1-x)β1

xα+(1-x)β1+γ1

>x+(1-x)(β1+β2)

x+(1-x)(β1+β2)+(γ1+γ2)= pW

が常に成立する(証明は Breen and Goldthorpe 1997を参照)。つまり階層別に進学条件が確率

変数の実現値の範囲で定義されているとき、他の条件が等しければ、上層出身者の方が確率変

数の実現値が常に大きいことを示したのである。ただし彼らは、出身階層間の進学率の大小関

係に明示的に言及しておらず、pS>pWだけから上層出身者の進学率が中層出身者の進学率を上

回ることを証明できない5)。次節では、進学率の大小関係がどのような条件の下で成立するの

かを検討して、確率分布に依存しない一般的な条件を明確化する。

2 進学率の定式化

モデルは進学後の主観的成功確率 X が、なんらかの確率分布に従うという仮定を用いる。

したがって具体的な進学率の値は、当然ながら主観的成功確率の分布に依存する。ただし次の

ように一般的な分布関数を用いて進学率を表現することによって、分布に依存しない進学率の

性質を分析することができる。

命題 1(上層進学率)。任意の主観的成功確率 X の分布に関して、上層出身者の進学率 fHは

fH=1-FX

���γ1-β1

α-β1

���

である。ここでは FX確率変数 X の分布関数である。進学率 fHは β1について増加、γ1につい

て減少である。また αについては非減少で、γ1�β1ならば進学率は常に 1である。

証明。上層出身者は相対リスク回避の仮定により、

P(H|stay)>P(H|leave)�P(H|stay)P(H|leave)

> 1 �Xα+(1-X)β1

γ1

> 1

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理論と方法

60

という条件が成立する場合に進学する6)。進学率は、確率変数 X を一次変換した確率変数の分

布関数から計算できる。すなわち

Y1 =Xα+(1-X)β1

γ1

=α-β1

γ1

X+β1

γ1

と変換したとき、この確率変数が Y1>1になる確率が上層出身者の進学率に等しい。よって上

層出身者の進学率 fHは P(Y1>1)= 1-P(Y1�1)である。

fH = 1-P(y1�1)= 1-P���α-β1

γ1

x+β1

γ1

�1���= 1-P

���

x �γ1-β1

α-β1

���= 1-FX

���γ1-β1

α-β1

���。

これを β1, γ1について偏微分すれば

∂fH

∂β1

= F ����γ1-β1

α-β1

���α-γ1

(α-β1)2 > 0,∂fH

∂γ1

=-F ����γ1-β1

α-β1

���

1α-β1

< 0

である(以下 F �は分布関数を微分した関数、すなわち確率密度関数を表す)。ここでは偏導関数の符号を判定するために定義 α>γ1と、「分布関数の微分は常にゼロ以上の値をとる確率密

度関数である」という事実を用いている。一方 αについて偏微分すると

∂fH

∂α =-F ����γ1-β1

α-β1

���-(γ1-β1)(α-β1)2 = F �

���γ1-β1

α-β1

���γ1-β1

(α-β1)2

ゆえに γ1>β1�∂fH/∂α>0である。もし γ1�β1ならば、主観的成功確率 X の分布関数の引数が

負になるので、確率密度関数は仮定 3より常にゼロである。よって進学率は常に 1である。ま

とめれば常に∂fH/∂α1�0である。 □

命題 1から、上層出身者の進学率は主観的成功確率の実現値が∃x∈(0,1],f(x)>0である

限り、必ず 0にはならないことが分かる。というのも確率変数 X の実現値が[0,1]内にある

という仮定から

fH = 1-FX

���γ1-β1

α-β1

���= 0 � FX

���γ1-β1

α-β1

���= 1 �

γ1-β1

α-β1

>1

だが、この式を変形すると γ1-β1>α-β1�γ1-α>0なので α>γ1という仮定に反するからで

ある。ゆえに進学率関数内の分布関数の引数が 1を超えないので、確率変数 X の確率密度関

数が[0,1]の外部で常に 0という仮定より、分布関数は常に 1より小さい数である。

命題 2(中層進学率)。任意の主観的確率成功 X の分布に関して、中層出身者の進学率 fMは

fM = 1-FX

���(γ1+γ2)-(β1+β2)

1-β1-β2

���= 1-FX

���β3-γ3

β3

���

である(以下、1-(γ1+γ2)= γ3, 1-(β1+β2)= β3を互換的に使う)。fMは β1と β2について

増加であり、γ1と γ2について減少である。また β3について減少、γ3について増加である。

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相対リスク回避モデルの再検討

61

証明。中層出身者は相対リスク回避の仮定により

P(L|stay)<P(L|leave)�P(H∪M|stay)>P(H∪M|leave)

P(H∪M)|stay)P(H∪M)|leave)

>1 �X+(1-X)(β1+β2)

γ1+γ2

>1

という条件が成立する場合に進学する。中層の主観確率の分布は仮定より確率変数 X で表す

ことができるから、

Y2 =1-β1-β2

γ1+γ2

X+β1+β2

γ1+γ2

と変換した確率変数が Y2>1となる確率が、中層の進学率である。

fM = 1-P(y2<1)= 1-P���

1-β1-β2

γ1+γ2

x +β1+β2

γ1+γ2

<1���

= 1-P���

x<(γ1+γ2)-(β1+β2)

1-β1-β2

���= 1-FX

���(γ1+γ2)-(β1+β2)

1-β1-β2

���= 1-FX

���β3-γ3

β3

���

β1, β2, γ1, γ2, β3, γ3について偏微分すれば

∂fM

∂β1

=∂fM

∂β2

>0,∂fM

∂γ1

=∂fM

∂γ2

<0,∂fM

∂β3

=-γ3

β32 FX����β3-γ3

β3

���<0,

∂fM

∂γ3

=1β3

FX����β3-γ3

β3

���>0

である。 □

命題 2は、γ1+γ2>β1+β2という仮定上、分布関数の引数が 0以下にならないので、中層出

身者の進学率が 1には到達しないことを含意している。進学後失敗して下層に下降移動するリ

スク β3が、非進学時に下層に移動するリスク γ3より大きいという仮定が、どれだけ主観的成

功確率が高かったとしても、中層出身者の 100%の進学を阻むのである。図 2に出身階層別の

進学率の変化の一例を示す。

図 2の関数で用いたパラメータの数値は仮定「α>β1, α>γ1, γ1+γ2>β1+β2」を満たしてい

る。ゆえにこのグラフは進学率の大小関係が仮定を満たす特定条件下で逆転することを示唆し

ている。この条件は命題 1と命題 2を利用することで簡単に導出できる。

命題 3(出身階層別進学率の比較)。相対リスク回避によって進学するか否かを決めるとき

α-γ1

α-β1

>γ3

β3

という条件を満たし、かつ、出身階層間で主観的成功確率の分布が同じであれば、どんな分布

でも、高層出身者の進学率は中層出身者よりも高くなる。

証明。fHが fMよりも大きいということは、

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理論と方法

62

0.15 0.20 0.25 0.30 0.35 0.40 0.45

1.0

0.8

0.6

0.4

0.2f M

f H

β1

fH-fM = 1-FX

���γ1-β1

α-β1

���-�

1-FX

���(γ1+γ2)-(β1+β2)

1-β1-β2

���

��

= FX

���(γ1+γ2)-(β1+β2)

1-β1-β2

���- FX

���γ1-β1

α-β1

���>0 �

(γ1+γ2)-(β1+β2)1-β1-β2

-γ1-β1

α-β1

>0

という条件と同値である。いま 1-(γ1+γ2)= γ3, 1-(β1+β2)= β3とおけば上の条件は

β3-γ3

β3

-γ1-β1

α-β1

>0 �α-γ1

α-β1

>γ3

β3

と表現することができる。

直感的には、相対リスク回避仮説から「上層出身者の進学率は中層出身者の進学率よりも常

に大きい」という命題が導出できそうだが、命題 3が示すように条件次第では相対リスク回避

を実行しても中層の進学率が上層の進学率を上回る場合があることに注意する。このことは単

純とはいえ理論を数学モデルで定式化することで初めて分かるインプリケーションである。進

学後失敗時の下層到達率 β3が大きいほど、また非進学時の下層到達率 γ3が小さいほど、命題

3の条件の右辺は小さくなり、その結果 fH>fMが成立しやすくなる。というのも中層進学率は

命題 2より、β3について減少で、γ3について増加だからである。したがって右辺は主に中層

進学率が低下する要因に関連している。

一方左辺は α, β1, γ1の関数であり、これらは fHを決定する独立変数でもある。進学後失敗時

の上層到達率 β1が大きいほど、また非進学時の上層到達率 γ1が大きいほど、不等式の条件の

図 2 上層・中層出身者の進学率の比較。α=0.55, β2=0.35, γ1=0.45, γ2=0.4。

主観的確率 X の分布としては正規分布 X~N(0.5,0.1)を用いた。

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相対リスク回避モデルの再検討

63

左辺は全体として小さくなる。この変化は命題 1で示したように上層出身者の進学率への影響

と一致する。∂fH / ∂β1>0,∂fH / ∂γ1<0。つまり条件式の左辺は主に上層進学率が増加する要因

に関連している。ただし β1と β3、および γ1と γ3は経験的には互いに影響を及ぼす可能性もあ

ることに注意する。例えば β1が大きくなると、上層進学率は増加するが、β1の増加によって

構造的に β3が減少すると、中層進学率は増加する。

命題 4(MMIの十分条件)。β1>γ1ならば fH>fMである。

証明。仮定より β3>γ3だから 1>γ3 / β3である。一方、

α-γ1

α-β1

>1 � -γ1>-β1 � β1>γ1

だから β1>γ1ならば必ずα-γ1

α-β1> γ3

β3が成立する。 □

このことは「β1>γ1ならば fH = 1(命題 1)」かつ「maxfM<1」からも言える。なおこの命

題は、MMI(Maximally Maintained Inequality)仮説が必ず実現する条件も表している。MMI

仮説とは「子供の教育達成に対する出身階層の効果は、恵まれた階層の進学率が飽和するまで

残る」という仮説である(Raftery and Hout 1993, Hout 2006)。上層の進学率が 100%に達する

ような条件下でも中層進学率は maxfM<1だから、β1>γ1ならば必ず「上の階層から進学率が

飽和する」という状態が成立するのである。進学後に失敗しても上層に到達する確率 β1が、

非進学時の上層到達率 γ1よりも大きい、ということは「進学すること」それ自体が、その後

の成功・失敗に関わりなく上層参入に有利に働く状況を意味している。このような状況下(と

にかく進学するというシグナルが有効な社会)では、主観的成功確率がどんな値であれ上層出

身者は皆進学して有利な層からの飽和が生じるのである。注意すべきは β1>γ1と β3>γ3は原

理的には同時に成立することがあるから、進学後の失敗が下層到達リスクを高めるような状況

でも、有利な層からの飽和が生じる可能性があるという論理的な事実である。

命題 3が正しいとすれば、成績をコントロールしても、出身階層の高い子供の方が進学率が

高いはずである。SSM05データを用いて出身階層別、(主観的)中学時成績別の高校進学率の

クロス表で確認しよう。出身階層は総合 8分類を威信と就業規模を考慮して三つのカテゴリー

に区分した。なお平均威信は専門+大Wが 60.06、中小Wが 55.02、B+農業が 46.83である。

クロス表から、どの成績においても、高校進学率は「専門+大W」>「中小W」>「B+農

業」の順になっており、成績の水準が同じでも、出身階層が高い子供の進学率が高くなってい

ることが確認できる。また全体として成績が上の方であると認識している者ほど進学率が高く

なっているのが分かる。

また命題 3には、出身階層間で成績の差がなくなるような政策を社会が実施したとしても、

相対リスク回避という行為者のアルゴリズムが作動する限り、教育達成の不平等が残る可能性

がある、という含意がある。以上の分析により出身階層間で成績が同じ場合でも進学傾向に差

がある理由を確かめたが、当然出身階層は、子供の成績の分布に影響を及ぼす。この点に関し

て次の命題が成立する。

命題 5。高層出身者の主観的成功確率の分布平均が中層出身者の平均より εだけ大きいと仮定する(分散は同じ)。このとき ε>γ3(α-β1)-β3(α-γ1)

β3(α-β1) ならば fH>fMである。

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理論と方法

64

証明。高層出身者の主観的成功確率を確率変数 X であらわす。仮定より中層出身者の主観的

成功確率の分布は平均だけが小さく、分散は同じなので XM=X-εで表すことができる。中層出身者の進学率 fMは

fM = 1-FX

���β3-γ3

β3

+��

である。fH>fMを明示的に表せば

1-FX

���γ1-β1

α-β1

���>1-FX

���β3-γ3

β3

+ε���� ε>γ3(α-β1)-β3(α-γ1)

β3(α-β1)

が成立する。 □

命題 3で示したように主観的成功確率の分布が同じであっても、特定条件下で出身階層間の

進学率格差は残る。命題 5は、主観的成功確率が出身階層の影響を受ける場合には、階層間格

差はより維持されやすいことを示している。なお経験的には出身階層の高い子供の方が、自分

自身の成績が良いと認識している者の割合が高い。例えば SSM05データによれば、中学 3年

生時の成績を上(『上の方』+『やや上の方』)と答えた者の割合を出身階層別に比較すると、

専門 53.61%、大W46.5%、小W38.67%、自W37.93%、大 B27.42%、小 B19.31%、自 B26.04

%、農業 24.24%となっている。

表 1 出身階層と中学成績別の高校進学率

中学成績 出身階層 高校進学

下の方 専門+大W 68.8%

小自W 68.8%

B+農業 51.1%

やや下 専門+大W 93.5%

小自W 87.2%

B+農業 67.6%

真ん中 専門+大W 96.7%

小自W 94.3%

B+農業 80.3%

やや上の方 専門+大W 99.6%

小自W 97.7%

B+農業 90.9%

上の方 専門+大W 100.0%

小自W 97.6%

B+農業 92.5%

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相対リスク回避モデルの再検討

65

3 オッズ比の分析

次に出身階層間の教育達成格差を直接示すオッズ比を分析することで、パラメータの変化に

対応して教育格差が縮小するのか増大するのかを明らかにする。オッズ比は

O =fH(1-fH)

fM/(1-fM)=

On

Od

と定義できる。すでに前節で命題 1と命題 2により、各パラメータの変化に対応した出身階層

別進学率の変化を特定しているので、ただちに次の結果が得られる。

命題 6(教育機会の不平等)。教育機会の不平等は進学成功後の上層到達確率 αについて増加である。また進学失敗後の中層到達確率 β2について減少であり、非進学時の中層到達確率 γ2

について増加である。

証明。命題 1と命題 2より、上層出身者の進学率のみ αについて増加で、中層出身者の進学率は αに関して無反応であることが分かっている。したがって αの変化はオッズ比の分子 On

にしか影響を与えない。(γ1-β1)/(α-β1)=xHとおいて、Onを αで偏微分すると

∂On

∂α =(γ1-β1)FX�(xH)(α-β1)2FX(xH)

なので γ1>β1のとき αについて増加だと分かる。γ1�β1の場合は命題 1より、上層出身者の進

学率は常に 1になるので、オッズ比は αの変化にかかわらず無限大に発散する。次に命題 1と命題 2より、中層出身者の進学率のみ β2について増加で、上層出身者の進学

率は β2に関して無反応であることが分かっている。したがって β2の変化はオッズ比の分母 Od

にしか影響を与えない。

(γ1+γ2)-(β1+β2)1-β1-β2

= xM

とおいて、Odを β2で偏微分すると

∂Od

∂β2

=FX�(xM)(1-γ1-γ2)

(1-β1-β2)2[FX(xM)]2 >0。

命題 1と命題 2より、中層出身者の進学率は γ2が大きくなれば減少する一方、上層出身者

の進学率は γ2に関して無反応である。したがって γ2の変化はオッズ比の分母 Odにしかマイナ

スの影響を与えない。Odを γ2で偏微分すると

∂Od

∂γ2

= -FX�(xM)

(1-β1-β2)[FX(xM)]2 <0。 □

進学成功後の上層到達確率 αの増加は上層出身者にしか影響を及ぼさない。したがって高

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理論と方法

66

い学歴から高い階層への到達確率が高くなると、教育達成の不平等は悪化する。以上のオッズ

比の変化は直感的にも明らかであろう。より分析が難しいのは、上層到達確率 β1, γ1について

の変化である。命題 1と命題 2より、上層・中層出身者の進学率は共に β1について増加で、γ1

について減少だからオッズ比に及ぼす影響は他のパラメータの値に依存する。まず進学後に失

敗した場合の上層到達率 β1について偏微分する。以下 FX(xH)=FHとかく。

∂O∂β1

(α-γ1)(1-FM)FMFH�(α-β1)2 -

(1-γ1-γ2)(1-FH)FHFM�(1-β1-β2)2

(FH)2(1-FM)2

分母は正なので偏導関数が正になる条件を整理すると

(α-γ1)β32

(α-β1)2γ3

>(1-FH)FHFM�(1-FM)FMFH�

である。この関係が成立するときオッズ比は β1について増加である。左辺を見るとこのよう

な条件が成立しやすいのは、α-γ1(進学後成功時と非進学時の上層到達率の差)が大きいと

き、β3(進学後失敗した場合のリスク)が大きいとき、あるいは α-β1(進学後成功時と失敗

時の上層到達率の差)が小さいとき、γ3(非進学時のリスク)が小さいとき、である。このよ

うな場合にオッズ比は β1について増加である可能性が高い。

一方、γ1について偏微分すると

∂O∂γ1

(1-FH)FHFM�1-β1-β2

-(1-FM)FMFH�

α-β1

(FH)2(1-FM)2

だから偏導関数が正になる条件を整理すると

(1-FH)FHFM�(1-FM)FMFH�

>β3

α-β1

である。このことから β3(進学後失敗時のリスク)が小さいほど、もしくは α-β1(進学後成

功時と失敗時の上層到達率の差)が大きいほど上記条件が成立しやすいので、オッズ比は γ1

について増加である可能性が高い。

4 二段階進学モデル

4.1 第二段階での進学率

教育達成過程の各移行期(例えば中学卒業時の高校進学、高校卒業時の大学進学など)に、

前段階の移行成功者のみを対象として移行の成否に関する条件付きロジスティック回帰分析を

繰り返し適応する実証分析(Mare 1980,1981)では、階層効果逓減現象がしばしば確認されて

きた(Raftery and Hout 1993,荒巻 2007)。階層効果逓減現象、すなわち後の学校段階におけ

Page 11: Breen and Goldthorpe モデルの一般化― - JST

相対リスク回避モデルの再検討

67

進学

進学しない

進学

中等教育(高校)

高等教育(大学)

成功

成功

失敗

失敗

進学しない

1-β1-β2

β1

β2

X

X

H

M

M

M

M

M

L

L

H

H

H

H

1-X

1-X

1-γ1-γ2

γ1

γ2

1-α3

1-α2

1-α1

α2

α1

α3

る移行ほど、その正否に対する出身階層の効果が弱まるという現象、はどのような条件の下で

生じるのだろうか?7)この現象を説明するために、進学決定プロセスが二段階で連続して生じ

るモデルを定式化する。B&Gモデルは、進学の意志決定が二回以上連続する場合のモデルの

拡張の方法を示唆している。

ただし彼らは樹形図に関する仮定を示したうえで、一段階モデルに縮約できると述べてはい

るが、実際に進学率を明示的な関数として特定しているわけではない。以下に彼らの議論を整

理しつつ二段階モデルを再定式化する。

意志決定の樹形図を図 3に示す。前半の選択肢は、図 1と同じである。一段階目の進学後に

成功した者のみが第二段階の進学/非進学を選択できる。本人の意思によって選択可能な分岐

点を白い丸で表している。それ以外の分岐点は自然が選択する(本人の意思とは無関連に確率

的に決まる)。中等教育終了時の各階層への到達確率を次のように定義する。

α1:二段階目の進学後に成功した場合の上層到達確率

α2:二段階目の進学後に失敗した場合の上層到達確率

α3:二段階目の進学はせずに、一段階目の進学後に上層に到達する確率

仮定。以下では α1>α3>α2の場合を考える。α1>α2>α3ならば常に上層進学率が 1になるので

分析の興味は薄い。

命題 7。任意の主観的確率 X の分布について、第二段階での上層出身者の進学率は α1, α2につ

いて増加であり、α3について減少である。

証明。前節同様に考えれば、第二段階での進学決定局面における上昇出身者の進学率は

図 3 二段階の意志決定のツリー

Page 12: Breen and Goldthorpe モデルの一般化― - JST

理論と方法

68

fH2 = 1-P���

y=xα1+(1-x)α2

α3

>1���=1-FX

���α3-α2

α1-α2

���

である。それぞれ偏微分すれば

∂fH2

∂α1

>0,∂fH2

∂α2

>0,∂fH2

∂α3

<0。 □

B&Gモデルによれば、一段階目の進学後に成功した場合、上層到達確率は

αH = fH2{Xα1+(1-X)α2}+(1-fH2)α3

= fH2{X(α1-α2)+α2-α3}+α3

= X(α1-α2)fH2+fH2(α2-α3)+α3

である8)。ここで αHは第二段階での主観的成功確率 X(確率変数)の関数だから、確率変数で

あることに注意する。Breenと Goldthorpeは、この αHを第一段階でのパラメータ αと定義することで、二段階目を考慮した意志決定が命題で述べたような一段階目の意志決定に還元でき

ると考えているが、その場合には計算の方法を変更しなければならない。というのも αHの値

が各個人で異なっているということは、進学するか否かの意志決定の基準が、第一段階での主

観的成功確率 X だけでなく、確率変数 αHにも依存することを意味するからだ。

一方中層出身者は中等教育を終えた時点で下層転落リスクがなくなるので、①上層到達と中

層到達が無差別である場合、②上層と中層に対する選好が異なる場合、の二つを区別して考え

ることができる。無差別の場合、進学と非進学が等確率で生じると考えれば、進学率は 1/2で

ある。一方、選好が異なると仮定する場合には次の命題が成立する。

命題 8。中層出身者が中層到達よりも上層到達を選好する場合、中層出身者の高等教育進学率

は上層出身者の進学率と等しくなる9)。

証明。中層出身者にとっての中層到達の利得を y、上層到達の利得を z と仮定する(z>y)。y

で基準化して d = z/y とおけば、中層に到達する利得は 1、上層に到達する利得は d>1であ

る。中層出身者の進学時の期待効用を U(stay)とおけば

U(stay)= X(dα1+1-α1)+(1-X)(α2d+1-α2)

であり、非進学時の期待効用は U(leave)= dα3+1-α3である。進学の条件である U(stay)

>U(leave)より、d の大きさにかかわらず

X(dα1+1-α1)+(1-X)(α2d+1-α2)>α3d+1-α3� X>α3-α2

α1-α2

を得る。X は確率変数だから、中層出身者の進学率は fM2= 1-FX�α3-α2

α1-α2

�である。これは命

題 7で示した fH2と一致する。 □

Page 13: Breen and Goldthorpe モデルの一般化― - JST

相対リスク回避モデルの再検討

69

4.2 バックワードインダクションによる定式化

二段階モデルで進学率を計算する方法には大別すれば、第一段階目の進学率が第二段階での

進学率に影響を受ける前向き合理性に基づく方法と、段階毎に進学率を逐次計算する方法の二

つがある。まず前者に基づき、バックワードインダクションで一段階目の進学率を計算す

る10)。中層出身者は一段階目の進学さえ成功すれば、その後はH層かM層に到達できるので、

2節の結果と同じである。一方上層出身者は

Y1 =XαH+(1-X)β1

γ1

=X(αH-β1)γ1

+β1

γ1

= X 2���

fH2(α1-α2)γ1

���+X���

fH2(α2-α3)+α3-β1

γ1

���+β1

γ1

>1

が成立するとき第一段階での進学を選択する。一段階目だけを考えたモデルで αが定数であることを仮定する場合と異なり、主観的成功確率Xの二次関数になっていることに注意する。

ここで

a=fH2(α1-α2)γ1

, b=fH2(α2-α3)+α3-β1

γ1

,c =β1

γ1

>-1

とおけば a>0なので、進学率は

fH1 = 1-P(y1<1)=1-P(ax2+bx+c<0)=1-P���-b-�b 2-4ac

2a<x<

-b+�b 2-4ac

2a

���

= 1-FX

���-b+�b 2-4ac

2a

���+FX

���-b-�b 2-4ac

2a

���

である。ところで二次方程式の判別式を考えると γ1>β1ならば

D=b 2-4ac=(α1-α2)(γ1-β1)(1-F(xH))+{α2-β1+(α3-α2)F(xH)}2

γ12 >0

である。このとき解の一つである(-b-�b 2-4ac)/2aは常に負だから、主観的成功確率 X の

確率密度関数に関する仮定(実現値が負の範囲では常に 0という仮定)より、分布関数は常に

0である。ゆえに進学率は γ1>β1ならば

fH1 = 1-FX

���-b+�b 2-4ac

2a

���

である。

4.3 階層効果逓減現象が生じる条件

逓減現象の成立を数学的に表現すれば、第一段階での進学率のオッズの方が、第二段階での

進学率のオッズよりも大きいことを意味するから

Page 14: Breen and Goldthorpe モデルの一般化― - JST

理論と方法

70

fH2/(1-fH2)fM2/(1-fM2)

<fH1/(1-fH1)fM1/(1-fM1)

と表すことができる。前節で示したようにバックワードインダクションを用いて第一段階での

進学率を計算すると、確率変数の二次関数変換が含まれるために、fH1と fH2を比較することが

困難であり、上述の不等式を直接分析することは難しい。そこで、まず高等教育段階のオッズ

比だけを分析する。

命題 9(高等教育段階におけるオッズ比)。高等教育進学の意志決定時に中層出身者が中層到

達よりも上層到達を選好する場合、進学率オッズ比は 1になる。無差別の場合、特定の条件下

で中層出身者の進学率が上層出身者の進学率を上回り、オッズ比は 1以下になる。

証明。中層よりも上層を選好する場合、命題 8より fM2 = fH2となる。高等教育段階での進学

オッズ比は 1である。ゆえに fH1>fM1ならば階層効果逓減現象が必ず生じる。無差別の場合 fM2

=1/2となり、高等教育に関して「上層進学率中層進学率」となる条件は

fH2 = 1-FX

���α3-α2

α1-α2

���>

12� FX

���α3-α2

α1-α2

���<

12

である。主観的成功確率 X の中央値を c とおくと、

α3-α2

α1-α2

<c � α3-α2 <c(α1-α2)� α3<cα1+(1-c)α2

ならば、分布関数が 1/2以下になる。中央値 c は確率変数 X の定義上 0<c<1なので、右辺

は α1,α2の加重平均(重み c よる凸結合)である。不等式が逆の場合には上層進学率が中層進

学率を下回る。 □

教育段階の推移に伴うオッズ比の低下は、中層出身者が上層到達を選好する場合、理論的に

は高等教育段階において中層出身者と上層出身者の進学率が一致することで生じる。もちろん

現実には進学の金銭コストなどが異なるので、一致しないかもしれないが、相対的には両者の

差が近づくことが予想される。一方中層出身者にとって中層と上層が無差別の場合、すなわち

相対リスク回避だけを仮定する場合、主観的成功確率の中央値が 1/2のとき、α3<(α1+α2)/2

ならば上層の進学率が中層の進学率を上回る。逆に α3が α1,α2の平均を上回るとき、上層出身

者の進学率が 1/2を下回るので、オッズ比は 1以下になる。教育レベルがあがるほど、相対的

に学力の高い子供が高次のステージに残るので、主観的成功確率の分布のモードが負の方向に

移動する可能性が高い。高等教育段階における X の分布の中央値が低いほど α1,α2の加重平均

は α2に近づくので上層出身者の進学率は小さくなる。

以上の考察より、高等教育段階における中層進学率の相対的な増加と上層進学率の相対的な

低下が上述したメカニズムによって複合的に生じた結果として、階層効果逓減現象が起こるの

ではないかと考えられる。

Page 15: Breen and Goldthorpe モデルの一般化― - JST

相対リスク回避モデルの再検討

71

4.4 逐次計算による定式化

次に、単純化のためにバックワードインダクションを使わずに、段階毎に進学率を逐次計算

する方法で考える。この場合は第一段階でのパラメータ αは第二段階での選択とは無関連に決まると仮定する。

命題 10。β1�γ1かつ β3(1-c)>γ3のとき、主観的成功確率の分布が出身階層間で同じであって

も、相対リスク回避を仮定しただけで、階層効果逓減現象が起こる。

証明。第一段階および第二段階での進学率をそれぞれ

fH1 = 1-FX

���γ1-β1

α-β1

���

, fM1 = 1-FX

���(γ1+γ2)-(β1+β2)

1-β1-β2

���

fH2 = 1-FX

���α3-α2

α1-α2

���

, fM2 =12

と定義する。第一段階での進学オッズの方が高い、つまり

fH2 /(1-fH2)<fH1/(1-fH1)fM1/(1-fM1)

となる十分条件は fH1>fH2かつ fM2>fM1である。

fH1-fH2 = FX

���α3-α2

α1-α2

���-FX

���γ1-β1

α-β1

���

だから

α3-α2

α1-α2

-γ1-β1

α-β1

=(α-β1)(α3-α2)-(α1-α2)(γ1-β1)

(α1-α2)(α-β1)

が正であれば fH1>fH2である。このことが成立する十分条件の一つとしては β1�γ1(このとき命

題より、中等教育段階での進学率が 1になる)がある。一方、

fM2-fM1 = FX

���(γ1+γ2)-(β1+β2)

1-β1-β2

���-

12

確率変数 X の中央値を c とおけば

(1-γ3)-(1-β3)β3

-c =β3-γ3-cβ3

β3

だから β3(1-c)>γ3のとき fM2>fM1である。このとき必ず階層効果逓減現象が起こる。 □

5 まとめ

本稿の結果をまとめておく。まず相対リスク回避モデルから進学率を分布関数の明示的な関

Page 16: Breen and Goldthorpe モデルの一般化― - JST

理論と方法

72

数として表現することで、特定の確率分布に依存しない一般的な命題を導出した。その結果、

上層進学率 fHが中層進学率 fMより大きくなる条件を特定できた。そして進学率関数を出身階

層別に特定することにより、教育達成の不平等がパラメータに対応してどう変化するのかを、

オッズ比を用いて直接的に分析することが可能になった。オッズ比の分析から上層進学率 fH、

中層進学率 fMを共に増加させる β1(進学後に失敗しても上層に到達できる確率)の増加は α-γ1(進学後に成功した場合と非進学時の上層到達率の差)や β3(進学後に失敗した場合の下

層到達率)が大きいときには教育達成の不平等を悪化させやすい等のインプリケーションが判

明した。さらに二段階の進学過程をモデル化することにより、階層効果逓減現象が生じる条件

を理論的に分析できるようになった。オッズ比の低下は中層出身者が上層到達を選好する場合

は高等教育段階での進学率が上層出身者の進学率に追いつくことによってもたらされる。無差

別のときは中層進学率が定数になる一方で、教育水準の上昇により進学後の主観的成功確率の

分布がマイナス方向にシフトして、上層出身者のみ進学率が減少することによってオッズ比が

減少する、という予想が得られた。

【注】

1) 教育機会の不平等を説明する数理モデルとして Boudon(1973)や、その修正・発展モデルである

岩本(1990)、浜田(2008b)等の試みがあるが、これらの研究では個人の合理性を仮定しない。

合理的選択モデルとしては浜田(2008a)が進学選択プロセスにおける期待純益最大化の仮定を用

いてMMI仮説を定式化している。

2) 上、中、下は Breenと Goldthorpeの論文では Service, Working, Under Classに対応している。

3) 太郎丸(2007)が指摘するように、B&Gモデルは西ヨーロッパのように高い学習の成果を収めな

いと大学の卒業が難しい社会を想定しているために、日本社会には直接当てはめにくい。Breen

と Goldthorpeは「進学しない(Leave)」の解釈には職業訓練学校への進学も含むと述べている。

この場合、高等教育に進まなかった場合は職業的技能が身に付くから、Workingクラスへ進める

確率は高くなるため、結果的に 1-γ1-γ2が小さくなる。ゆえに γ1+γ2>β1+β2という仮定も不自

然ではない。

4) この命題を証明するためには、さらに追加的な仮定として γ2>γ1(進学しないと上層よりも中層

に行く確率が高い)。γ2/γ1�β2/β1(上層到達確率と中層到達確率の比は進学しない場合のほうが高

い)。α>1-α(進学して成功した場合は、中層よりも上層に到達する見込みが高くなる)が必要

である。

5) 彼らが述べているのは次のことである。いま確率変数 PS,PWがそれぞれ平均 μS,μWとばらつき具合

を示すパラメータ σS,σWを持っており上層出身者の進学率は

1-P(zS<{0.5-μS}/σS)= 1-FZS({0.5-μS}/σS)

と表現することができ、中層出身者の進学率は

1-P(zW<{0.5-μW}/σW)= 1-FZW({0.5-μW}/σW)

と表現できる。確率変数 ZS, ZWはそれぞれ ZS =(PS-μS)/σS, ZW =(PW-μW)/σW。上層出身者

の進学率が中層出身者の進学率よりも大きいことを示す最も単純な方法は、ZS, ZWの分布が同じ

であり、かつ(0.5-μS)/σS<(0.5-μW)/σWを示すことである。しかしパラメータ σS,σWの大小関

Page 17: Breen and Goldthorpe モデルの一般化― - JST

相対リスク回避モデルの再検討

73

係が定まっていないので、不等式が成立するかどうかは自明ではない。またこのようなモーメン

トの比較には確率分布を特定の分布に限定する必要がある。

6) この不等式は上層出身者にとっての上層到達の利得を 1、中・下層到達の利得を 0と仮定した場

合の、進学時と非進学時の期待効用を比較した不等式と同値である(Breen and Yaish 2006: 255)。

7) 荒巻(2007)のMareモデルによる分析によれば日本の場合、階層効果逓減現象は戦前の一定期

間しか認められず、多項トランジッション・モデル(荒巻 2008)によれば戦後にも生じている可

能性がある。

8) Breenと Goldthorpeは fH2を第二段階で教育に残る期待確率だと述べている(論文中での表記は qi2

である)。fH2は進学率なので、マクロレベルで見た場合に、「進学する = 1」「しない = 0」と

いう確率変数の期待値だと考えればよい。

9) 論理的には中層出身者が上層よりも中層を選好する可能性(d�1)も考えられる。このとき fM2 =

FX((α3-α2)/(α1-α2))である。

10)ここでバックワードインダクションが行為者とモデル分析者それぞれに強いる計算量負荷の違い

に注意する。行為者の立場からみれば、彼らは自分の進学後の主観的成功確率 X に基づき、「望

む階層に到達する確率」が進学時と非進学時でどちらが大きいかを判断しているだけである。彼

らは自分の X の実現値(例えば 0.25や 0.5などの数値)を知っているので、比較自体は単純な計

算で済む。分布関数の計算を含むバックワードインダクションを用いることで計算量負荷が増す

のは観察者だけなので、このモデルでは行為者に強い合理性を仮定しているわけではないことに

注意する。

【付記】本論文は東北大学グローバル COEプログラム「社会階層と不平等教育研究拠点の世界的展

開」による研究および科学研究費補助金基盤研究(B)「グローバルな富の再分配と主観的幸福の

増大」(課題番号 20330114)による研究成果の一部である.SSM調査データの使用にあたって

は、2005年 SSM調査研究会の許可を得た。また匿名の査読者から有意義なコメントをいただき

ました。記して感謝します。

【文献】

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理論と方法

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tunity in Irish Education, 1921−75.” Sociology of Education Vol. 66, No. 1.(Jan., 1993):41−62.

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(受稿 2008年 10月 31日/掲載決定 2009年 3月 24日)

Reconsideration of a Model of Relative Risk Aversion:

Generalization of the Breen and Goldthorpe Model

Hiroshi HAMADA

Graduate School of Arts and Letters

Tohoku University

27-1, Kawauchi, Aoba-ku, Sendai 980-8576, JAPAN

In this paper we generalize the Breen and Goldthorpe model of relative risk aversion hypothesis that explains the class

differentials in educational attainment, in order to specify the condition that an advancement rate of children from service

class origin exceeds that of working class origin. By expressing an advancement rate as an explicit function of parameters

of a model, we also analyze an inequality of educational attainment by odds ratio that can be expressed as a function of

theoretical advancement rate. Our model shows the condition that the odds ratio increases. Moreover, we reformulate a proc-

ess of succeeding educational transition and analyze a function of theoretical advancement rate. We investigate the condition

Page 19: Breen and Goldthorpe モデルの一般化― - JST

相対リスク回避モデルの再検討

75

that the effect of class origin declines across transitions. One of the conditions is that median of distribution of subjective

probability of success decrease as education level proceeds. This may reduce advancement rate for service class origin. The

other condition is that the advancement rate for working class origin increases as much as that of service class origin when

student from working class origin prefer service class to working class. These mechanisms may cause decline of class ori-

gin effect.

Keywords and phrases: relative risk aversion, inequality of educational attainment, decline of class origin effect across

educational transition

(Received October 31 2008 / Accepted March 24 2009)